10年以上前に見た憧れの作品に再会したよ(日記)
DSiでのうごメモ投稿コミュニティ(サ終済み)に投稿された作品がほぼ全て見れてしまう、人によっては恐ろしいサイトだ
(うごくメモ帳、通称うごメモ。任天堂のDSi、3DSでプレイできたフリーソフト。パラパラ漫画が描け、ネットで作品を共有する事ができた)

ただ私は3DSが世代であり、残念ながら3DSで描いたうごメモはこのサイトでは見ることができない。
とはいえ、まるっきりDSiのうごメモを知らない訳では無い、当時小学生だったの私は、同じく小学生で年上の兄がそれを楽しんでいるのを隣でよく見ていた。
兄のDSには沢山の作品が保存されていて、貸してもらった時にはその作品たちを繰り返し見ていた。
しかし、当時の兄は既存の作品に上から落書きをするスタイルでうごメモを嗜んでおり、兄のDSに保存されていた作品の多くは兄の手によって落書きが施されたものだった。
かわいいポケモンのサムネイルにワクワクしてタップするも、良い部分は小学生が全力を尽くした爪痕が残されており、子供ながらガッカリする事もあった。
ある日、いつものようにうごメモをいじる兄を隣で見ていた、兄はまた既存の作品に落書きを重ねており、一段落つくとそれを見せてくれた。
私はいつも以上にそれに食いついた、そこに映っていたのはどう見ても兄が描いたとは思えないかわいいポケモンたちだったからだ。
この子達見た事があるぞ、そうだ、前見たかわいいポケモンの作品と同じ作者か!
かわいいポケモンたちは兄の手により目玉が飛び出したり、鼻血を勢いよく吹いたり、股間にモザイクをかけられたりしていたが、
私は感動していた、あなたの作品が見たかった!他にも作品を出していたなんて!見れて嬉しい!
そして最後に一瞬カービィが出てきた、
私は興奮した、ポケモンの作品なのにカービィが出てくるのか、しかも、見たことの無い被り物を被っている!なんて自由なんだ!かわいい!
(この作品がきっかけで後に3DSのうごメモでオリカビ(オリジナルカービィ)をハチャメチャに描くことになるのだがそれはまた別の話)
その感動が忘れられず、DSを借りた時には毎回、落書きが施されたかわいいポケモンの作品を見るようになっていた。
それから自分のDSを持ち、自身でうごメモを作るようになり、兄のDSを借りる事も無くなっていった。
それから時は過ぎ、私は高校後期で徐々に精神を崩し、トイレ以外布団から出られない状態が何ヶ月も続くようになった。
体に無理を言わせて単位ギリギリで卒業、反動がものすごく一年休養に励み、進学するもぶり返し、半年で退学。
それから特に何かをすることもなく、病院に行って、ふらふらして、思い出したようにバイトをして、またふらふら、
気づけば私は成人していて、とっくに就職した兄は家を出て、DSのネットサービスは知らない内に終了していた。
打ち込める事も無いまま、私はYouTubeに上げられたうごメモの作品を日々見漁った、
まるで、あの幻のようなときめきを追い求めるかのように、今の空虚な時間を紛らわすように。
やがて、もっと多くの作品を見ようとした私は「うごメモアーカイブ」というものを知った。
冒頭にも話した通り、うごメモアーカイブはDSi時代、つまり兄が触っていたあのうごメモを見ることができた
私はあのかわいいポケモン達を思い出し、探した、
作者の名前も覚えていたから、それは小一時間で見つかった。
落書きがされていない、まっさらな姿の作品。
その作品の子作品として並ぶ兄の落書き。
今日、私は深夜に独り、部屋で泣いた。
落書きされた作品を見てから早十数年、
あの頃の漠然とした希望は漠然とした不安に変わり、
ずっと思っていた「早く大人になりたい!」は「大人になりたくない」に変わっていた。
しかし、唯一感性だけは、あの頃と何一つ変わっていなかった。